史跡、隼人塚について。

国道10号線を鹿児島市内から国分方面へ、国分市街地の少し手前から左に入って、隼人駅のすぐ側に国定史跡「隼人塚」があります。
古事記」「日本書記」「国土記」などに記載されている古代南州反乱のとき、殺された熊襲・隼人の霊が崇をなしたので、それを弔う意味もあって造られたとも伝えられています。渡来人に駆逐された日本の先住民族だったのでしょう。特徴として、
1.石塔3塔が並んでたっていること。
2.各塔とも塔身軸部四方に仏像が彫られていること。
3.四天王像が四方に立ち石塔3基を取り囲んでいること。
国分尼寺の跡ともいわれ、元は正国寺という寺の跡で、鹿児島神宮の桑幡公幸氏が「隼人塚---一名熊襲塚」と命名した。以後、隼人塚と名付けられましたが、実のところ本当は何のモニュメントなのか、わかっておりません。以前は塔も倒れ荒れ果てていましたが近年復元され、資料館も出来ました。