曽我どんの傘焼き。

鹿児島の伝統行事に、曽我どんの傘焼きというものがあります。
甲突川に架かる高見橋から見下ろせる砂州で、クリスマスツリーの様にやぐらを組み、何百本の和傘を飾りつけ、最後にそれに火を付けて盛大に燃やすという行事です。フィナーレの点火までには、示現流の演舞や曽我兄弟を称える歌の合唱などがあり毎年6月後半〜7月の中旬までのいずれかの日に行われます。
そもそも曽我兄弟とはなんぞやと思われる方が大半ですが、非常に込み入った話なのでかなり端折らせてもらいます。(笑)時代は鎌倉、場所は相模の国での話です。領地をめぐる争いで父を殺された五郎、十郎の兄弟が長じて源頼朝の家臣になっていた憎き仇を頼朝が行った鷹狩りに乗じて討ち、みごと武士の本懐をとげたことを称える行事です。なぜ傘焼きかというと、古事によれば兄弟が仇討ちを決行したのは夜で、仇を捜すのに持っていた傘に火を付けて捜したと伝えられているからです。西郷、大久保達も参加した薩摩の国の古くからの行事なのです。
島津氏の祖先、惟宗氏は頼朝に仕える御家人だったので、この事件を間じかで体験したのでしょう。それが代々受け継がれこのような行事になったのでしょう。