鴨猟は薩摩から始まった?

江戸時代、現在の鹿児島市・鴨池に黒木屋敷という薩摩藩の屋敷があり、邸内には大池がありました。池の中には、鴨がおり、周りは土手や密集した竹等で囲まれ、外から直接見ることができないようになっていました。
冬になると、たくさんの鴨がやってきて、鴨狩りが楽しめたということです。その時は、朝から狩客でにぎわい、昼時には、獲物を鉄板で焼きながら食べていました。鴨はこの食べ方が、最も美味だとされています。その後、黒木屋敷を島津家・第29代・忠義が譲り受け、昔からあった池の近くに新しい池を掘り、鴨にエサを与えて禁猟区にしたので、鴨の数は増えるばかりでした。忠義は、時々ここで、手編式鴨猟を行いました。そのため、人々は「鴨池」とか「鴨堀」と呼ぶようになりました。
鴨猟については、全国にあまり例がなく、皇室の千葉県新浜ぐらいですが、一説によると、鴨池の鴨猟が日本で最初だったということです