日本の夜明けは薩摩から始まった。

県外から新幹線や列車で鹿児島に来られる皆様が最初に降り立つ、鹿児島中央駅の写真です。隣のアミュプラザという商業施設ビルの屋上には観覧車が設置されています。駅ビルに観覧車が付いている駅って他に有るんでしょうか?この観覧車には対角線に2箱だけ全面透明の物があり、その箱に乗るとかなりスリリングな体験ができます。駅前広場には「若き薩摩の群像」と名ずけられたモニュメントが有ります。これは1865年、維新直前に薩摩藩が英国に留学させた15名の若者達の群像です。彼らはイギリスでロンドン大学に入学し多くの事を学び、その後フランスやアメリカ迄渡った者もいました。帰国後はそれぞれ、明治時代の日本近代化の中心として貢献しました。よく知られているのはサッポロビールの生みの親、村橋久成などがいます。しかしこの中で一人だけ帰国しなかった者がいます。長沢鼎。彼は薩摩を出たとき13歳という若さでした。ロンドン大学で学んだ後アメリカ渡り、ブドウ栽培からワインを製造するワイナリーを造り、アメリカ人から「ブドウ王」と呼ばれるほどの富と名声を手にいれました。昔の薩摩人の中にもそんなグローバルな精神を持った人がいたんですね。